[兵庫県・加古川市]
仕事と家庭、どちらも大事にできる時代だから。娘を想う気持ちから生まれた自宅お菓子教室・工房。
トラントセット-trente sept-
オーナー 藤原 茉莉江
生活に合った、リアルな働き方と生き方。
もう仕事と家庭、どちらかを選ぶ時代じゃない。そう言い切るのは少し楽観的過ぎるでしょうか。
「働き方改革」がテレビや雑誌で盛んにとりあげられるようになり、「リモートワーク」「テレワーク」といった聞き慣れない新しい言葉が踊るようになりました。職種によっては〝仕事〟と〝生活〟の境目がどんどん曖昧になってきています。しかし、それらは斬新な働き方、暮らし方として注目を浴びる一方で、「仕事とプライベートのオンオフがうまくつけられない」「自由な分全ての責任がのしかかってくる」といった負の側面があるのも確か。
「細く長く、自分のできる範囲で、自分に合ったペースで生きていきたい」。もてはやされる目先の働き方、生き方に惑わされない、〝そもそも何のために?〟を考える大切さに気づかせてくれたのは、綺麗事だけじゃないリアルな生活の中で、無理のない自分のペースを守りながら豊かに生きていくことを選んだ「トラントセット-trente sept-」の店主、藤原 茉莉江さん。その職住一体の働き方・生き方についてお話を伺ってきました。
子どもに納得して食べさせられるお菓子を。
兵庫県加古川市別府町。近隣に小学校があり、日中は登下校中の子どもたちの朗らかな声が聞こえてくる住宅街の一角に、自宅お菓子教室・工房「トラントセット-trente sept-」はあります。ケーキ・タルト・焼き菓子の販売やお菓子・ケーキ教室、料理教室も開いているこちらの工房で店主を務めるのは藤原 茉莉江さん。大手料理教室に通いケーキライセンスを取得、その後講師や神戸のカフェのキッチンスタッフとして働いた経験を生かし、「お菓子・料理を通して食の大切さ、愉しさを伝えていきたい」との思いで「トラントセット-trente sept-」を立ち上げました。店名はフランス語で「37」を表し、藤原さんの娘さんの名前にちなんでつけられました。
立ち上げのきっかけとなったのは、工房の名前にもある通り娘ができたこと。「大切な娘が生まれて彼女に食事をつくるとなったとき、自分が納得できる食材を使いたいと思った」と藤原さんは話します。「妊娠してから、口にするものを意識するようになりました。食べたものがそのまま子どもの成長につながりますから」。
子育てを通してママ友と関わり、「子どもに安心して食べさせられるお菓子が少ない」との声を多く聞いた藤原さんは、「自分の娘だけでなく、周りの人にも食べてもらいたい」との思いから、素材にこだわり安心して子どもに食べさせられるお菓子づくりを続けています。
家族と一緒に。職住一体の働き方。
「安心安全のお菓子づくりをしたい」という気持ちだけに限れば、そうした商品をつくっている企業に就職したり、パートタイムで働いたり、または自分自身でお店を構えるといった働き方が考えられますが、藤原さんはなぜ自宅でこのような取り組みを始められたのでしょうか。
「高校生の頃から親が飲食店を始め、私はその背中を見て育ってきました。店舗を構えて、毎日お店を開けて、昼も夜も営業をして、間に仕込みをする。そうした働き方はとてもしんどいもので、自分は続かないなと思ったんです。そういったことから、私は自宅で工房を持って、教室を開いたり、イベントに出店したりといった、自分に合ったペースで続けられる形をとっていますね」。
また、自宅に工房を構える前はパートとして飲食店で働いていた経験もある藤原さん。そこでの働き方だと家族と過ごす時間が自由に取れないといったモヤモヤ感を持っていました。「一般的に飲食業界はシフト制で、人材不足の今では一人でも休んでシフトに穴が開くとお店が回らなくなるといった場合もよくあります。子どもが熱を出したからといって急には休めない。今は時間に融通がきく働き方なので、子を持つ母としてその辺りは嬉しいです」。今では母娘二人、キッチンに立って一緒にお菓子をつくることも。「お菓子をつくるとき、娘も一緒に手伝ってくれるんです。卵を割ってまぜる係を率先して引き受けてくれています」。一生懸命にボウルの中の卵をとく娘に向ける、藤原さんのやわらかく広角が上がった横顔が印象的でした。
働き方を選ぶものさしは
「私にとって何が一番大事なのか」。
自宅で家族と過ごしながら働ける。それだけ聞けばとても良い働き方のように思えますが、実際は難しい部分もたくさんあると藤原さんは言います。
「仕事と生活が近いのは何も良いことばかりではありません。例えば仕事と生活が近いからこそ、仕事とプライベート、オンオフをしっかりつけるのはとても難しいことです。休みの日でも仕事のことが頭から離れなかったり、時間があったら生地をつくったり、仕込みをしたり……。自分がどっちにいるのかわからなくて、ぐちゃぐちゃになってしまうこともあります」。
自由でありながらも困難に感じることもある中で、以前のようにどこか別のところで雇われて働きたいと思ったり、弱気になったりすることは無いのでしょうか。
「スケジュールを組むのが難しくて、全ての予定がうまくいっていないときは『私はこういう働き方向いてないんかな。雇われて働いていた方が良かったのかな』と弱気になることもあります。ただ、私にとって子どもと過ごす時間が一番大事なので、どちらを選ぶか考えたときに今の働き方を選びましたね」。
自身の中で何が一番大事なのかを考えた結果、自宅に工房を構え、お菓子づくりと教室を開く今の形になったのでした。
大事なことを、ずっと大事にしつづけるために。
最後に藤原さんは「仕事もお菓子づくりも頑張りすぎず、無理なく続けられるペースでやることが大事」だと教えてくれました。「教室は『健やかに愉しく毎日過ごしてもらいたい』との思いで行っていますが、『必ず体に良いものだけを食べないといけない』といった伝え方はしていません。無理なく続けられるように、頭のすみっこで意識しておく程度で良いんです。頑張りすぎちゃうと続かなくなりますし、それが一番良くない。これは私の考え方でもあるのですが、自宅工房を始めたとき、絶対に無理をしないと決めたんです。自分のペースで、大事なことを大事にしつづけられるような形が自分には合っているのだと思います」。
力みすぎて大事なことを諦めないといけなくなってしまうのが一番良くない。藤原さんはインタビューを通して、そんな〝無理をしない大切さ〟を繰り返し口にしていました。仕事もお菓子づくりも、「大事なことは何か」の答えを自身の中で明確に持ち、ずっと大事にしつづけられるような生き方・働き方をしていく。その在り方はきっとこの先「トラントセット-trente sept-」のお菓子づくりや教室を通して地域にやさしく広がり、無理なく自然な形で続いていくはずです。
自宅お菓子教室/工房・料理教室
「トラントセット-trente sept-」