【兵庫県・加古川市】
アートの中に居場所を見つけた少年が、
あたたかく調和する作品を届ける
アーティストになるまで。
アーティスト
the caves 藤野 翔真
「人と違う」のは生きづらい━━。
多様性を尊重し、誰もが生きやすい社会を目指し歩んできた新時代・令和。しかし、今なお旧時代の負債である「こうあるべき」といった考え方も残っており、当たり前に違和感を持っている人たちにとって生きづらい世の中なのが現状です。
周りの人が当たり前のようにできていることができない。常識とされていることに違和感を覚える。うまく適応できない自分には、社会のどこにも居場所が無いのではないか……。
そんな息が詰まるような孤独の中で、アートに居場所を見出した一人のアーティストがいます。藤野 翔真、アーティスト名は「the caves」。彼の生み出す芸術には、聴く人、観る人に「ここには自分の『席』がある」と感じさせるあたたかな包容力があります。
生きづらさの中で見つけた自分だけの居場所。そして、それは周りの世界と調和し、やがて同じ苦しみの中にいる誰かにとっての居場所にもなっていく。
彼の表現に耳を傾けてみると、こんなメッセージが聴こえてきます。
ここ、空いてますよ。ちょっと座って、ゆっくりしていきませんか━━。
生き方を認めてくれた映画、
そして音楽との出会い。
兵庫県加古川市。JR加古川駅前で、透き通る高い声と北欧の香りがするアコースティックギターの音色が聴こえてきたら、その中心にアーティスト・藤野 翔真がいます。
加古川市出身、加古川市在住。生まれ育った地域を中心に、神戸や姫路でも「the caves」の名で広く知られている彼は、2016年に1st full album「落下地点」をリリース。続く2017年に姫路市で毎年開催されているサーキットライブイベント「姫路サウンドトポロジー」で大トリに大抜擢され、2019年には兵庫県三田市「ONE MUSIC CAMP」への出演を果たすなど、目覚ましい活躍を見せています。
表現は音楽だけにとどまらず、ライブペインティングや詩画集、グラフィックの制作も手がけており、加古川市民ギャラリーでは個展も開催。幅広い領域で才能を開花させてきました。
音楽に打ち込むようになったきっかけは、お兄さんに勧められたロック映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』。
「周りと違う、当たり前のことができないといった生きづらさを感じていた当時、映画の登場人物たちがめちゃくちゃながら自分らしく生きている姿をみて、『僕もこうして生きて良いんだ!』と認められた気がしたんです」。
13歳の少年は、そんな登場人物たちの姿に大きな影響を受け、彼らが劇中で掻き鳴らしていたギターを手に取るようになりました。
アートの中に見出した、
自分だけの安心できる居場所。
藤野さんが生きづらさを感じ始めたのは小学生の頃。先生は好きだったものの、授業が全く魅力的に感じられず、外の世界ばかりに気を向けていたと話します。
「小学校の授業が全然楽しくなくて……。外には素敵で広大な世界があって、可能性に満ち溢れているのに、何でこんな狭い教室の中で過ごさなきゃいけないんだって思っていました。教室の色はどんより灰色で、カラフルな窓の外の景色をずっと眺めて過ごしていました」。
クラスではなかなか周囲に馴染めず、孤独感を抱えていた藤野さんは次第に内的な世界へと意識を向け始めます。
「当時の僕にとって安心できる唯一の居場所は絵の中でした。絵を描いていると生きている実感が得られ、そこに自分の居場所を見出して心を落ち着かせていました。今でもライブ前は楽屋で絵を描いて過ごすことが多いです」。
居場所を得るために絵を描く一方、音楽は自身のなかに言語化できずに溜まっていった曖昧なものたちを表現する術として、彼の力になっていきます。
「高校からバンド活動を始め、自分の中に生まれた葛藤を音に乗せて表現していました。最初は機材の扱い方がわからず、無我夢中でギターをかき鳴らして……(笑)。それを聴いたお客さんに『かっこいい』と言われたのは本当に嬉しかったです」。
絵と音楽。現実の世界に居場所を見いだせなかった藤野さんにとって、アートは自分の存在を守る、生きる術だったのかもしれません。
周囲とのハーモニー(調和)を感じるアートを。
自身の居場所を絵に見出し、音楽で自己表現を続けてきた藤野さん。これまでの作品は「自分だけのオリジナル」を強く意識していたそうですが、ここ最近は作風に大きな変化が訪れたと話します。
「以前は作品に自分らしさを求めすぎ、『自分が!自分が!』という気持ちを強く持っていました。今は全くないと言えば嘘になりますが、それよりももっと自然体で、周りと調和しながらつくっていきたいと考えるようになりました」。
きっかけは環境の変化。アート活動の場所をこれまでの自宅アトリエから加古川のコワーキングスペースに移動。様々な価値観や背景を持った人たちと空間を共にし、制作の過程で意見交換をしたり、感想をもらったりする中で、活動がどんどん心地よく感じるようになったそうです。
「できあがった作品をもとにコミュニケーションを行うことにこだわっていましたが、コワーキングスペースで制作をするようになり、つくりあげていく過程でコミュニケーションを行う機会が増えました。それがとても心地よかったんです。周りと壁をつくって自分の世界に没入しながら作品をつくるのではなく、周りの人や自然、その他様々な環境とのハーモニーを感じながら作品をつくっていくスタイルが、今の僕に合っているように感じます」。
周りの人たちに歩かせてもらっている道を、
これからも。
取材の最後に、「アーティスト」として生きる決意について聴いてみると、意外な答えが返ってきました。
「僕は最初からアーティストとして生きていこうなんて思っていなくて、藤野翔真として一生懸命生きていく道の上にアートがあったんです。その道も自分で開拓して歩んできたというより、周りが僕を見出してくれて、導いてくれて、歩んでいるうちに道になって続いている感じ。これから進む道では、たくさんの人たちに支えられていることを忘れずに、大好きな加古川や周りの人たちとのハーモニーを感じながら、自分だけでは生み出せないアートをつくっていきたいと思っています」。
今後はアートの捉え方を広げ、日常の一つ一つがアートになるように活動したいと話す藤野さん。暮らしに近いファッションや髪型といった、個々人の表現を手助けするような活動に挑戦したいと話してくれました。ステージの上やアトリエだけにアートがあるのではなく、日常の一挙手一投足全てがアートとして感じられる。そんな理想の生き方を楽しそうに話してくれる彼の目は、子どものように純粋できらきらと輝いていました。
the caves