[兵庫県・高砂市]
栄枯盛衰を経験した〝高砂染〟。
文化の再スタートアップに向けた
プロジェクト
高砂染創業家の一・尾﨑家第十七代当主
株式会社エモズティラボ 取締役相談役 尾﨑 高弘
文化を押しつけず、原点のビジネスへ。
「歴史や文化を遺す」という言葉を聞くと、産業構造から外れたビジネスとは関係の無い何か遠い存在のように感じる━━。
「どれだけお高くまとったところで、始まりを見ればどんな文化も自分らの生活を成り立たせるための商売やったんです」。
歯に衣着せぬ物言いで歴史文化に対する〝カタい〟印象をガラッと変えてくれたのは、栄枯盛衰を経た文化〝高砂染〟の再興に取り組んでいる株式会社エモズティラボ取締役相談役の尾﨑 高弘さん。「古臭い文化の押し付けなんかしたくない」との言葉にある通り、高砂染に次々と新たなアップデートを加え、「現代の高砂染」として高砂柄を用いた商品展開を行い、さらには2018年に遠く海の向こう、アラブ首長国連邦で開かれた世界で3番目の規模を誇るブックフェア「シャルジャ国際ブックフェア」に名誉招待国枠で出展するなど、積極的な取り組みを行ってきました。一方で、商品開発の傍ら「歴史を研究することが現在の商品に深みを持たせる」との考えから歴史研究も並行して進めています。
「当初は高砂染に全然興味がなかった」と語る尾﨑さん。一体何が契機となったのか。また、文化をビジネスとして再び興していくその手法とは。ビジネスと文化の両輪を意識し、一度潰えた文化の再興に挑む姿に迫りました。
新旧が共存するまち、高砂。
祝言で謡われる『高砂』の舞台、兵庫県高砂市。山陽電車高砂駅を降りて南下すると、古くは軍需産業で栄え、今なお歴史を感じさせる風景が遺る高砂銀座商店街にたどり着きます。レトロな建物が立ち並ぶ中で一際目を引くのが、「高砂や」の看板が掲げられた築250年の古民家。当時染屋として利用されていた面影が遺るこの建物の二階にオフィスを構え、文化再興を掲げて活動している人たちがいると聞いて足を運んでみました。
「よう来てくれはりました。よろしく!」。明るい声で出迎えてくださったのは、古民家の持ち主で尾﨑家17代目当主の尾﨑 高弘さん。古くは江戸時代、「幻の染め物」と呼ばれ、幕府や皇室への献上品として重用された高砂染を考案した一人とされる尾﨑 庄兵衛の子孫で、現在株式会社エモズティラボの取締役相談役を務めています。「最近この辺りも若い人が多く入ってきて、古民家を改修して利活用する動きが出てきている」と語る表情には笑顔が浮かび、「新しいものをたくさん見せてくれたら嬉しい」と取り組みに対してはとても寛容な様子。「彼らは僕ら世代と価値観が違うんです。古いものや伝統といったものに飽き飽きしていた僕らからすると、そうしたものの価値を再発見して利活用しようといった発想は出てこない。そこが面白いですね」。
価値を見出したのは〝外の目〟。
実際に、尾﨑さんが数世代前の家業〝高砂染〟に興味関心を持ち出したのも、そんな彼らとの交流からだったそう。
「ちょうど5年くらい前かな。『高砂染に興味がある』とご連絡をいただき、訪ねてくれた女性がいたんです。本人いわく『高砂染の柄が素敵で、新鮮に映るんです』と。僕は『はあ……』といった感じだったんですけどね(笑)。その方は本当に熱心で、もっと話を聞かせて欲しいとか、高砂染を商品化して世に出すつもりはないのですか、なんて言われる。彼女はとても手際良く物事を進められる方で、高砂染の柄を生かした東袋などの商品化を進め、とんとん拍子で物事は進んでいきました」。
最初は「何か力になれることがあれば……」といったスタンスだった尾﨑さんも、プロジェクトが進み仲間が集まっていくにつれ、いつの間にか自らも取り組みに積極的になっていったそう。そして2017年。チームはついに会社を立ち上げます。
「あるとき、その女性から『会って欲しい人がいる』とのことで紹介されたのが、後の株式会社エモズティラボ代表取締役です。ロジカルで器用で、芯がしっかりしている方で、なかなかこうした人はいるもんじゃない。メンバーは一人ひとり世代が違うので持っている価値観が全然違う。そんな仲間が集まったのでとても面白いんですよ。誰一人欠けてもこのプロジェクトは立ち上がらなかったでしょう」。
メンバーの魅力について熱っぽく語る尾﨑さんから、彼らへの厚い信頼をうかがい知ることができました。
古きを知り、新しきをつくる。
彼らは現在、高砂染をどのように再興させているのでしょうか。
「文化をただ文化として遺そうとしても続かない。続けていくには必ずビジネスにする必要があります。しかし、最初は全くアイデアが出てきませんでした。どう見てもビジネスにならんのですよ(笑)。ただ、もともと高砂染は姫路藩においてどういった立ち位置だったのだろう、と歴史を調べていくなかで、高砂染は室町時代に世阿弥がつくった謡曲『高砂』を発信する〝媒体〟だったことがわかったんです。そして、謡曲『高砂』は上流階級、いわば当時のセレブが楽しむ伝統芸能である能の中で、特にめでたい席で舞われる筆頭祝言曲だった。これはビジネスとして面白い。歴史があるというのは不動で、絶対崩れないですから」。
ビジネスの種を見つけたチームは、ここからさらに歴史を深掘ります。
「高砂染は商品のライフサイクルの全てを経験していて、それを歴史として蓄積しているんです。藩のお墨付きで威厳と格式があり、一部の人間しかつくれなかった江戸時代から、規制が無くなり誰でもつくられるようになって次第にコスト競争にさらされるようになった明治初期。さらにそこから安価になって質が落ち、商売として成り立たなくなって潰えるまで。これらの歴史を再び掘り起こして研究することが、今後の仕掛け方の参考になるんですよね」。
古きを温め新しきを知る、いや、新しきを〝つくる〟と言った方が適切でしょうか。温故知新ならぬ温故知〝創〟のプロセスを踏みながら、尾﨑さんたちの文化再興の取り組みは進んでいました。
歴史・文化の市場を切り拓く
「ビジネスとして、高砂染はもう一つ大きな難題を抱えていました」と続ける尾﨑さん。現在高砂染の核となる謡曲『高砂』を舞う祝言の文化はほとんど無く、人が触れる機会も少なくなっているからだといいます。
「生活から遠い存在をビジネスにするのは相当難しいことです。どれだけ高尚なものであっても、認知されていないと商売にならない。それを見誤ってしまうと結果は在庫の山になってしまう」。
大きな壁があるとしながらも、その目は一切曇らず、さらに鋭さを増して語る尾﨑さん。
「現在取り組んでいるのは、高砂染ブランド『a.m.ta.(アムタ)』の新商品の開発です。商品を購入されるのは本当に高砂染に興味を持っている人で、市場でいうとかなり狭い。ただ、だからこそ可能性がある。江戸時代に興った初期の高砂染のように、狭くて深い領域で突き抜けて勝負し、好きでどんどん知りたい、深めたいという人の心を掴んで離さなければ、ビジネスとして高砂染を再興させられると思っています」。
大衆に向けて勝負をすると、価格競争に陥り、商品価値の低下を招く恐れがある。その結果廃れてしまったのが昭和初期に終わりを迎えた高砂染でした。歴史を紐解き、ビジネスとして勝てる、文化として遺せる手段を考えて講じていく。彼らの取り組みは、高砂染の再興を通じて歴史に埋没している文化を発掘し、より可能性のあふれる〝文化市場〟を切り拓いてくれるかもしれません。
株式会社エモズティラボ