[兵庫県・加古川市]
楽しいのど真ん中。
クラフトビールを通して地域社会に
豊かな時間を届けるセカンドキャリア。
Milestone Brewing 東加古川醸造所
オーナー大西 誠
ビールは〝楽しい〟のど真ん中にある。
仕事終わり。気心の知れた友人たちや、様々な苦難を一緒に乗り越えてきた仕事仲間と囲む酒の席。笑顔で語らう真ん中にあるのは豊潤なホップの香りと炭酸が弾ける黄金色のビール。一瞬目を閉じ冷えたグラスをにぎりしめててグイッと傾けると、キンと冷えた魅惑の液体が口の中に流れ込み、香り高い味わいとキリッとしたのどごしが疲れた身体と心に爽快感を与えてくれる━━。
好き嫌いはあれど、誰もが一度は目にし、あるいは口にしたことがあろう飲み物〝ビール〟。その中でも、近年様々な場所でつくられ、味や香り、色合いが異なる多様で個性的な「クラフトビール」が注目を浴び、人々の関心を惹きつけています。Milestone Brewing 東加古川醸造所オーナーの大西 誠さんもその一人。クラフトビールの魅力に惹かれ、退職後にセカンドキャリアをかけてオリジナルのクラフトビールづくりに挑んでいます。
「技術や能力、持ち味がある人は、社会に貢献する義務がある」と考える大西さん。定年を迎えて余生をのんびり過ごすという選択肢をあえて取らずに、「ビールは楽しい飲み物だから」と、やりたいことを通して地域社会で人が豊かに過ごせる時間を増やしています。今回はそんな大西さんに、クラフトビールの持つ魅力をはじめ、なぜ退職後に大胆な決断ができたのか、今後どのような未来を思い描いているのかについてお話をうかがってきました。
人々が惹きつけ合い、集う「マグネットブルワリー」。
兵庫県加古川市。市内で二番目に人口が多い平岡町、JR東加古川駅を降りてすぐ、徒歩1分の立地にMilestone Brewing 東加古川醸造所はあります。1Fは醸造所になっており、アメリカンIPAを軸とした「Milestone IPA」「MSB HAZY IPA」「MSB BLACK IPA」など6種類のオリジナルクラフトビールと期間限定のクラフトビールを醸造。2Fのタップルームでは、1Fでつくられたでき立ての新鮮なビールを飲むことができます。「流れゆく時間の中で、そこで造る人、集う人、働く人が惹きつけ合うブルワリー」を目指し、「マグネットブルワリー」をキーワードにお店を運営している大西さん。ビールをコミュニケーションツールとして、様々な人たちが語らう様子が何より好きだと話します。
「ビールって笑顔で楽しく飲める、楽しい飲み物だと思うんです。私は一人飲みが多いですが、足を運んだお店で店主の方と話したり、隣のお客さんに『そのビール魅力的な色をしていますね。何というビールですか?』なんて話しかけたりはよくします。ビール一つで話が拡がるし、肩書きに関係なく価値観の異なる色んな人と話せるきっかにもなる。そういった場を提供できるのはやっていて一番楽しいな、良かったなと感じる部分ですね」。
衝撃を受けたクラフトビールとの出会い。
大西さんとクラフトビールの出会いは今から15年以上も前。仕事仲間と旅行で訪れた三重県にある伊勢神宮の出店で、有限会社伊勢角屋、二軒茶屋餅が出していたクラフトビールを飲んだのが最初の記憶だといいます。
「当時クラフトビールで美味しいものってあまり無かったんです。お土産として記念に買って飲むけど、何度も繰り返し購入してリピートする程の味ではなかった。ただ、伊勢角屋さんのクラフトビールはそうじゃなかった。店を出て戻っている途中にひとくち飲んで、『何だこれは!?』と衝撃を受けました。すぐに引き返して『どこのビールですか?どこで買えるんですか』と聞いたくらい(笑)」。
大西さんにとってとても衝撃的な記憶だったらしく、口にした伊勢角屋のビールの味や当時の出来事を詳細に語ってくださいました。以来、仕事終わりに時間をつくって大阪までクラフトビールを飲みに行ったり、研修や出張の際はブルワリー近くにホテルをとって全国各地のクラフトビールを飲み歩いたりと、積極的にクラフトビールに関わるようになったそうです。
その後、縁あって岡山県の吉備土手下麦酒醸造所へ足を運び、イベントのお手伝いやビール醸造にも参加し、製造免許を取得。少しずつブルワリー立ち上げの土台をつくりあげていきました。
自分のできることで、社会に貢献していきたい。
病院を退職し、セカンドキャリアとしてブルワリーの立ち上げとクラフトビールづくりを始めた大西さん。その大胆な決断にはどういった背景があったのでしょうか。
「ブルワリーを立ち上げる決意をしたのは、定年を迎え、退職するか病院の仕事を再任用職員として続けるかどうかを選択するタイミングでした。再任用で5年働いたあと、何かに挑戦する力はもう残っていないだろうと思い、始めるなら今しかないということで好きなクラフトビールをつくることに決めました。在職中に家のローンを完済できるように組んでいたことと、子どもたちが退職金について『好きなことに使えばいい』と寛容だったこともあり、挑戦しやすい環境が整っていたのもあるかもしれません」。
働き慣れた病院で仕事を続けることもできたはずですが、「それではちょっと面白くない」。笑いながら話す大西さんの目の奥には、きらりと光る童心がのぞいていました。
また、大西さんにはセカンドキャリアに対して自身なりのキャリア観があるとのこと。
「技術や能力、持ち味がある人は、社会に貢献する義務があると思っています。なので、退職してからのんびり余生を過ごすといった選択肢はあまり考えませんでした。それよりも残りの人生で、自分にできることでどうやって社会に貢献していくかをずっと考えていました。自分の心に正直に生きることが心の穏やかさにつながりますから、無理に皆が『社会のために働かなきゃ、貢献しなきゃ』と考える必要はありません。ただ、私はその意識はとても大事なものだと思っています」。
〝楽しい〟ど真ん中の味を次世代に。
大西さんにお店の今後の展開についてうかがってみると、「僕は年齢的にも体力的にも、この仕事をずっと続けられるとは思っていません。現在自分の町でブルワリーをやりたいという思いを持った方が研修に来られていますが、このように後継者ができ、次世代につないで雇用を生むことができたなら、地域や社会にとって良いことができたと言えるのではないでしょうか」と答えてくれました。
後継者の育成については、「技術はもちろん、ていねいにていねいに、熱意を持ってビールをつくって欲しい、基本はとても大事なので、ちゃんと伝えていこうとしています」とのこと。
カウンターの奥、真剣な表情でグラスにビールを注ぐ大西さん。目の奥に強い光を輝かせてセカンドキャリアの夢についてこう語ります。
「この先地域の方々にマイルストーンのビールの味を気に入っていただけて、若い世代が私の後を引き継いでいってくれたなら……。それが今の僕の夢ですね」。
Milestone Brewing 東加古川醸造所