[兵庫県・加古川市]
〝ホンモノ〟へのあくなき情熱。
物語の染みた愛着ある品を
蘇らせる縫製業。
縫-nui-
オーナー阪田 万里江
〝壊れておしまい〟じゃ寂しすぎるから
もし、あなたが愛着はあるけど使えなくなった品物を〝捨てる〟という選択をする際に、「まだ直せば使えるかもしれない」「もう少し長く一緒に過ごしたい」と別れに心を痛められるなら、是非訪れて欲しい場所があります。兵庫県加古川市尾上町にあるアトリエ兼洋裁店「縫-nui-」。ここでは、思い出深く別れが名残惜しい宝物たちが職人の手で蘇り、再び持ち主のもとへと帰っていきます。
洋服のお直しやオーダーメイド(婦人服)を手掛けているアトリエ兼洋裁店「縫-nui-」のオーナーを務めるのは阪田 万里江さん。地元の高校を卒業後服飾系の専門学校へ進学し、その後大阪にあるサンプル縫製を手掛ける会社に就職。現在は独立し、祖父母の納屋をリノベーションしたアトリエにて、切れかかった持ち主と宝物の関係を縫い直しています。
大量生産大量消費の流れとは対極にあるこの場所で、日夜ミシンを踏む職人はどういった思いで働いているのか。その哲学・思想をお聞きしてきました。
いつか私も〝服づくり〟を
兵庫県加古川市尾上町。航海安全をお守りする寺院で知られる「白旗観音寺」の近くにアトリエ「縫-nui-」はあります。「ここはもともと祖父母が所有していた納屋をリノベーションしたアトリエで、当初は作業場としてだけ使う予定だったのですが、思いの外綺麗になって……」(笑)今は洋裁店としても開放しているんです」。控えめに微笑みながら私たちを迎え入れ、案内してくれたのはオーナーの阪田さん。「あまり前に出て目立つようなことは好きじゃない」という彼女の考え方通り、アトリエには奇をてらった内装や家具は無く、納屋として使われていた時代からある樽や、祖母の嫁入り道具だった箪笥など、この場所で一緒に時を重ねてきた道具たちが優しく馴染んでいます。
阪田さんにこの仕事に就いた経緯について尋ねてみると、当時のことを思い出しながらぽつぽつと語ってくれました。
「小さい頃からものづくりが好きでした。今着ている洋服は誰かがミシンを踏んで誰かの手で作られている。いつか私もその誰かになりたいと思うようになり、技術者の道へ進みました」。
仕事はごまかさない。
職人として全力で臨む。
服づくりと聞くと、どうしても表に出て脚光を浴びるファッションデザイナーやブランドのデザイナーをイメージしがちですが、阪田さんはそちらには惹かれなかったのでしょうか。
「私もゆくゆくは自分で一から服をデザインしてつくりたい気持ちはあります。ただ、そのために学ばないといけないことや必要な技術はたくさんあり、今の自分ではまだまだ至らない。ちゃんと服づくりを学び、経験してから臨みたいんです」と阪田さん。また、作品を通して自身が脚光を浴びることについても「もともとものづくりに興味があって始めたことですし、作品が評価されることは嬉しくとも、自分が脚光を浴びたいや注目されたいといった思いは全然無いですね」と全く気にかけていない様子。職人然としたその在り方からは、側の部分だけを取り繕ったハリボテで中身がないものではなく、自分がちゃんと満足いくものをつくりたいといったものづくりへの意識がうかがい知れました。
「お直しにしても、オーダーメイドにしても、愛着のあるものを任されるわけだから、お客さんに寄り添ってその人が望む形になるまで諦めないことを大事にしています。そしてその結果が、次に繋がることだと信じています」。
物語のある宝物を、
蘇らせて持ち主のもとへ返す。
阪田さんが営むアトリエ「縫-nui-」には、普段どういったお客さんが足を運んでくるのでしょうか。
「お直しでは簡単に捨ててしまえない、大事なものを持ってくるお客さんが多いですね。たとえばトレンチコート。何十年前のものだと、肩パットが入っていて今と型が全然違うじゃないですか。でも、大事なものだから何とかして着続けたい。そうしたご依頼を受けて、今の時代でも違和感なく着られるように修正します。また、昔の誰かにもらった思い出の品だったり祖父母や両親の形見であったり、背景に物語がある品をリメイクして親戚にプレゼントしたいといったご依頼も過去にはありました」。持ち主の思い出や、手に渡るまでの物語を持った品々を思い返しながら、ゆっくりと阪田さんは話します。「だからこそ『頑張ります!』『やらせていただきます!』といった気持ちで取り組んでいます」。
続けて、仕事をしていて熱くなる瞬間も教えていただきました。「あちらこちらで断られてきた品がたどり着いたのがここ、といったケースもあります。他のお店でお直しができなかったけど、諦められずにお店を探していたらここに行き着いたと。技術的にかなり難しご依頼ではあるのですが、せっかく持ってきてくださったのだから私だって諦めたくない。そういうときは熱くなりますね(笑)。大切なものが再び息を吹き返して持ち主のもとへ返り、喜んでもらえたら私も嬉しくなります」。
〝もの〟と持ち主のこれから
ものを長く大事に使う意識は近年より強くなってきているような気がします。その背景について、阪田さんは「以前はファストファッションの陰の部分ってあまり一般的に知られていませんでした。服のロスの大量廃棄であったり、途上国の工場で現地の人がひどい待遇で働いていたり……。それが今になって社会意識の高まりもあり、みんなが知るようになった。だからこそ、ものを大事にしよう、長く使おうといった意識が強くなってきたのではないでしょうか」と話します。
機能的で目的を果たせば良い、それができなくなれば捨てる。考え方は間違ってはいないし、責められることでもない。ただ、それだけではあまりにも悲しすぎる。今の私たちは、ものとの向き合い方を考え直す段階に来ているのかもしれません。
もしあなたが、長く使ってきた愛着のある品を手放すタイミングで「ちょっと寂しいな」と思う気持ちが芽生えたなら、それはものと持ち主であるあなたとの間に関係が生まれた証拠。関係の糸を切る判断をする前に、ものと持ち主の関係を縫い直す職人がいるアトリエ「縫-nui-」に是非足を運んでみてください。
縫-nui-